【新刊情報】10/3発売『闇纏いの魔女と黎明の騎士1』

2025.08.11 (Mon)

10/3(金)発売新刊の情報&試し読みを公開!

 

『闇纏いの魔女と黎明の騎士1』

著者:村沢黒音 イラスト:えいひ

 

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【試し読み】

一  元・闇纏いの魔女

 

素敵な夜──と形容するには、上空にかかった雲が分厚すぎた。どんよりとした夜空が街にのしかかる。

空を見上げるよりも、空から見下ろす光景の方がきらびやかだった。ランドゥ・シティには大小様々なビルが立ち並び、そのどれもが光をともしている。夜でも静まらない活気が、曇天にまで漂ってくるかのようだ。
その煌めきを、アンジェリカは高い位置から見下ろしていた。

「……夜でも賑やかな街ね」

吐息のような呟きが、夜空に落ちる。
風のない夜だった。それでも彼女の艶やかな黒髪と服の裾は、はためいている。それは彼女がゆっくりと飛行しているからだ。
箒に横向きに腰かけて、街の上空を進む。

悠々とした空中飛行──それを、鋭い声がぶち破った。

「アンジェリカ! 奴を見つけたのか⁉︎」

下方から飛んできたのは、一人の男性だった。焦ったように尋ねられ、アンジェリカは困った表情でほほ笑んだ。その瞬間、彼女の箒がバランスを崩して、もたついた飛行になる。

「すみません、まだほうきに慣れてなくて」

がくがくと揺れる箒、それを必死に抑えこむようにアンジェリカは箒の柄を握りしめた。男性は咎めるように顔をしかめる。

すると、別方向から声が飛んできた。

「新人ですもの、仕方ないわ」

やってきたのは金髪の女性だった。箒に横向きに腰かけて、アンジェリカの前方に浮遊する。

男性は苦々しい顔付きで、

「お前に合わせていたら、奴をとり逃がしてしまう! 先に行くぞ!」

そう叫び、飛び去った。女性はアンジェリカに気遣うような視線を向けてから、彼を追いかけていく。

二人の姿が闇に紛れて、見えなくなる。

すると、アンジェリカは、ふ、と小さな笑みを漏らす。途端に彼女の箒は落ち着き、また優雅な飛行に戻る。

「……まるでヘビだね」

あきれたような声が言った。アンジェリカの肩の上に、もふ、としたものが乗っかる。ふわふわの黒い毛に覆われた、コットンボールのような生き物だ。毛に埋もれるようにして、赤い瞳が二つ、黄色いくちばしが生えている。

「ヘビ?」

アンジェリカが聞き返すと、黒い毛並みが、もふもふっ、と震えた。どうやら頷いたらしい。

「そう、彼らの飛行がね」

「ヘビって、捕食の動きは速いイメージだけど」

「冬眠から目覚めたばかりのヘビだよ。ネズミが体の上でダンスしていても気付かないだろうさ」

毛玉──使い魔の言葉に、アンジェリカはくすくすと笑った。もふもふの毛並みをつついて、たしなめる。

「こら。本当のことを言っちゃダメよ?」

「ねえ、ルシル! 彼らを追い抜いてやろうよ」

その名前で呼ばれて、アンジェリカは眉をひそめた。

「そっちの名前で呼ばないで。今の私は、アンジェリカよ」

「おっと。そうだったね。アンジェリカ……うーん、この名前、呼び慣れないよう」

「慣れてくれなきゃ困るわ。うっかり前の名前で呼ばれようものなら、私……」

「処刑されちゃう⁉︎」

「……それは、まだマシな方かもね」

アンジェリカは目を細めて、笑った。幼く見られがちな顔付きに見合わない、妖艶な笑みだった。

箒がくうを切って、まっすぐに進んでいく。すると、彼女のウェーブがかった黒髪が後ろへとなびいた。肩につかないほどのボブカットだ。踊るように揺れる毛先を、アンジェリカは手で押さえつける。その仕草にも、成熟した女性のような色気が漂っていた。

しかし、それをしている本人の容姿はというと──垢ぬけない雰囲気の漂う、十代後半の女性だ。

小柄で頼りない雰囲気の見た目。顔付きも童顔気味のため、『学生です』と言っても通じるだろう。

アンジェリカ・ブラウン。

それが今の彼女・・・・の名前だった。

「さて。追いかけっこはどうなったのかしら。そろそろ様子を見に行きましょうか」

彼女は箒の柄を握りしめ、呪文を唱えた。

「タナト・フェロウ」

その瞬間、周りの景色が陽炎かげろうのように揺らめいて、アンジェリカの全身を覆った。彼女の姿は宵闇の中に同化して、見えなくなる。

「わーふ、さっすが! でも幻影術って、毛がわさわさして、何だか落ち着かないよ」

「ココちゃん、声は出さないでね。姿が見えなくなってるだけだから」

「おっと」

窘められると、ココは翼でくちばしをふさいだ。

アンジェリカの箒は速度を上げる。眼下の街並みが猛スピードで後方へと流れた。点々とした明かりが繋がれ、光の川のように見える。その上を飛ぶ彼女は、まるで光の波を乗りこなすサーファーのようだ。

煌々こうこうと輝く下方の景色に反して、上空には濃い闇が広がっている。

やがて、その闇の中に火花が浮かび上がった。発生箇所は二つ。別方向から生じた火花が衝突し、辺りに散った。

魔法同士のぶつかり合いだ。激しい光景にそぐわず、上空は静謐せいひつに満ちている。音を立てずに光がぶつかり合うのは、魔法による攻防の光景であった。

アンジェリカの前方を飛ぶ箒の数は、三つ。

そのうちの二つは、先ほどアンジェリカに声をかけてきた二人──職場の先輩たちである。二人が追いかけているのは、黒いローブを纏った男だった。

男は箒にまたがって進みながら、顔だけを後ろに向けている。火花によって照らされた相貌そうぼうは異様だった。目は血走り、口元には不気味な笑みを湛えている。縦横無尽じゅうおうむじんな飛行のせいで、ボサボサの黒髪があちこちに舞った。

「大人しく投降しなさい!」

鋭い声で告げたのは、女性の先輩だ。彼女はてのひらを彼へと向け、狙いを定めている。

「ひははっ!  騎士団の犬どもめッ! ザカイア様の英智を引き継いだ俺様に、張り合うつもりか⁉︎」

男は呪文を高らかに叫ぶ。彼の指先から、霧状の闇が散開した。それが先輩二人へと降りかかる。

「何だ⁉︎」

二人は見慣れない魔法に狼狽ろうばいしたが、すぐに呪文を唱え、防御壁を作り出した。その光景を目にして、アンジェリカは眉をひそめる。

(……通報は正しかったみたい。本物の闇纏いノクターナルだわ)

闇魔法は現在、法律によって使用が禁止されている。

闇魔法を使う魔導士は闇纏いと呼ばれ、行政機関に検挙される対象となる。そして、その行政機関に所属するのがアンジェリカたちだ。彼らは現在、犯罪者を追跡している最中だった。

男が使用した闇魔法は、一般的には効能が知られていない。ニッチな魔法の一つだ。アンジェリカも、生前・・に一度しか見たことがない。闇魔法『毒霧』。

毒を霧状に噴射して、相手を痺れさせる魔法だ。この魔法の厄介な点は、通常の防御魔法では防ぐことができないというところだった。このままでは、先輩たちが闇魔法の餌食えじきになってしまう。

アンジェリカは密やかな声で唱えた。

「タナト・フェロウ」

呪文が誰の耳にも届かないように、細心の注意を払いながら、魔法を行使する。

一陣の風が吹き抜けた。その風が毒霧を散らしていく。

「ひあ⁉︎」

男は目論見もくろみが外れ、愕然としている。そこに先輩たちの魔法が襲いかかった。光のロープが男の体に巻きつく。

「うげッぁ!」

男はがんじがらめに拘束され、箒から転げ落ちた。それを男性の先輩が受け止める──もちろん、魔法でだ。浮遊魔法により、犯罪者の体は宙へと浮かんだ。

(……上手うまくいったみたいね)

その光景を確認すると、アンジェリカは彼らから距離をとり、幻影術を解除した。

「めんどくさいことしてるよねえ」

使い魔のココが呆れたように言う。

「仕方ないでしょ」

もっともな指摘に自分でもげんなりしながら、もう一度、箒の速度を上げる。そして、アンジェリカは先輩たちに追いついた。

「すみません、遅くなりまして……あれ、もう終わってますか?」

尋ねながらも箒を揺らして、飛行に慣れていない風を装うことも忘れない。

先輩たちが振り返り、

「まったく、新人の中でもお前は特にノロマだな、アンジェリカ!」

「まあまあ、アルヴィン。彼女を責めても仕方ないわ。それに、こうして無事に被疑者も逮捕できたことだし」

アンジェリカは捕縛されている男を見て、目を丸くした。

「さすがです、先輩」

アルヴィンは誇らしげに鼻を鳴らす。

「当然だ。コイツのような生きる価値もないクズに、我ら高潔たる騎士団が屈してなるものか」

「さて、それじゃあ、彼を本部まで連行しましょうか」

先輩たちの先導に続いて、アンジェリカも箒を降下させていく。肩の上で、ココがささやいた。

「ふふ、さすがだね。ルシル」

「その名前はやめてね」

「おっと」

煌々と輝く街並みを眺め、アンジェリカは吐息をこぼした。

「まあ、これで残業は回避できたわね」

くすくすと、闇の中で彼女は笑う。

アンジェリカ・ブラウン。

──またの名を、ルシル・リーヴィス。

自分の真の名を、間違っても先輩たちに聞かれてはならない。

もし、そうなれば ── 。

アンジェリカは前方に視線を向ける。犯罪者の男は光のロープで捕縛され、身動きがとれないでいる。

もし正体がルシルとバレてしまったら、自分の未来も彼と同じ行く末を辿ることになるだろう。

 

《物語の続きは書籍でお楽しみください!》

*書籍概要*

『闇纏いの魔女と黎明の騎士1』

著者:村沢黒音 イラスト:えいひ

発売日:2025年10月3日
定価:800円+税
判型:A6判
ISBN:978-4-391-16567-8

 

【あらすじ】

前世は最恐の悪女。正体は、絶対秘密。

前世で魔王の側近だったルシルは、闇魔法を取り締まる“黎明騎士団”に倒され、命を落とした。
――はずだったのに、なぜか見知らぬ少女の体に転生!?
正体を隠し、嫌々ながら、かつての敵組織である騎士団で働くことになってしまう。

そこでルシルがバディを組まされたのは、魔法学校時代の幼馴染で、魔王を倒した英雄・レナード。
闇魔法の事件を捜査していくうちに、レナードはルシルの正体を疑い始め…?
巨悪がふたたび迫りくる中、明かされる過去の真実とは!?

 

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発売をお楽しみに♪

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